雑記

KANの曲で立ち直った話

イケダ
イケダ
こんにちはイケダです!

 

今回は少しテイストを変えて日雇い派遣をしてた時の話をしたいと思います

僕のブログを読んでくれてる方がはご存知だと思いますが、僕の職歴は見事に期間工ばかりで恥ずかしい話正社員での経験が全くありません

 

イケダ
イケダ
多少は正社員として働いた事もありますが数ヶ月で辞めてしまった為職歴には換算してません

 

期間工ばかりの職歴とは言うものの、実は繋ぎでの生活の為日雇い派遣に従事していた過去もあります

よく期間工は底辺なんて話がありますが、日雇い派遣で働いてみると期間工で働く方々がいかに立派か分かると思います

そもそも底辺て言葉があまり好きではないので底辺という言葉は使いたく無いですが、日雇い労働者として働いてた日々の時代は自分でも社会の最底辺にいる自覚はありました

そんな日雇い労働者として過ごしていく中で徐々に心が病んできて、ついには鬱になってしまったのですが、そんなどん底でみた僕自身の経験談を今回はお話します

 

トヨタ期間工満了後

当時25歳の僕は記憶が曖昧ですが2月か3月だったかにトヨタ期間工を満了します

当時は借金はあって無いような額でしたが、確か10万だか20万位の借金はありました

ただトヨタの満了金や最後の給料で貯金は50万程はあったので金銭的に困窮していませんでした

トヨタ期間工を満了した後は地元の大阪に帰りアパートを契約し、貯金の50万(アパート代で20万飛んだので実質貯金30万)と毎月の失業保険を糧に正社員になるべく本腰を入れて就活をしていました

トヨタの仕事はかなり大変だったので、工場ではなくスーツを着て働く仕事に就きたい思ってたので営業やデスクワークを中心に就活していたのですが、これがなかなか大変で就活は難航に難航を重ね、等々唯一の収入源でもある失業保険の受給が終了してしまいます

 

就活中に初の彼女ができる

実は就活の傍ら人生初の彼女が出来てしまいます

25歳まで彼女が出来たことがない事に驚きもあると思いますが、ですが25歳まで何にもなかった訳ではなかったです笑

もちろん童貞ではなかったですが25歳無職でなぜか彼女ができてしまったのです

この人生初の彼女は何年か前にクラブで知り合った幼稚園の先生です

地元に帰ってきて就活以外はやる事が無かった僕は、なんとなくラインに入ってた連絡先の女性に手当たり次第連絡を取るいう愚行をしていました

そんな愚行が功を奏し1人の女性とアポを取り次ぐ事に成功し、そのアポに成功した女性こそが僕の初の彼女となる女性でした

 

正社員として働くことに

失業保険が切れた事と、初の彼女の事もあり会社を選んでる場合じゃないと思った僕は会社選びのハードルを下げ、失業保険が切れて2週間もしない内に内定を頂く事に成功し無事正社員として新しい門出を迎える事になります

しかし人生そう上手くいかないのが世の常

仕事を始めると同時に彼女とも徐々に疎遠になっていき、仕事始めて2週間で彼女と別れる事になりました

この人生初の彼女とは僕のアパートで半同棲生活をしていたのですが、僕の仕事が開始すると半同棲も解消し、そこからなし崩し的に別れる事になったのが経緯ですが別れた根本の理由は僕以外に好きな人が出来た事だったみたいです

 

イケダ
イケダ
正直ここで物凄く病みました

 

仕事の方も順調ではなく彼女と別れた事も相まって入社2ヶ月程で退職していました

因みに仕事はNHKの受信契約の仕事でした

会社は離職する人が続出するような会社で、新人に定着率は悪かったです

辞めた理由として

  • 業務の内容が僕には合ってなかった(人を騙しているような気がした)
  • とある日の朝礼で幹部が叱責している光景を目の当たりにして直感的に長く続けれないと思った
イケダ
イケダ
叱責した上司は僕には優しかったのがより恐怖にも感じました

 

無職に返り咲き

無職で収入無し貯金も底をつき、初めて出来た彼女との別れ、仕事を辞めてしまった事もあり無気力な僕は仕事を辞めて1週間は電気もテレビもほとんど付けず、食事もうどん1玉20円で飢えを凌ぐ最低限の食事しかせずに過ごしていました

この1週間は相当な鬱状態でした

しかし実家ではなくアパート暮らしであった為、家賃分は何とか稼がなくてはなりません

ともかく身銭が必要だった僕は「日払い 仕事」で検索し日雇い派遣の存在を知ります

日雇い派遣は仕事内容が様々で自分の適した仕事を自身で選んで働く事ができます

日雇い派遣の主な仕事

引っ越し

コンサートの運営スタッフ

イベントスタッフ

プロ野球の運営スタッフ

などなど

 

ただ僕は鬱状態だった為すぐには行動できませんでした

徐々に昼でも出歩くようになり、何とか快方に向かっていきレンタルDVDを観れるまでに回復しました

この間無職から2週間

この期間にみたDVDが「北の国から」だったのですが全シリーズを見終わる頃には何とか働けるようになりました

 

イケダ
イケダ
余談ですが北の国から一度見たらハマると思うので、見てない人にはオススメのドラマです

日雇い労働者へ

月の家賃代を稼ぐべく新境地の日雇い派遣で働き始める事になるのですが、仕事内容は上記に記した通り

日雇い労働者になってみて思った事は、不真面目な大人がこんなにも多い事にビックリしたのが感想です

僕のような若者(当時25歳)や大学生は真面目に働く人が多かったですが、長年日雇いで生活している人達は如何にサボるかを考え、何なら現場から雲隠れする猛者までいる始末

正直言って底辺と呼ばれる所以はこういう所何だと思ったのは鮮明に覚えてます

こんな状況下にいる自分が心底情けなくなり、また気持ちがマイナス志向に陥ってしまいメンタルはもうボロボロ

一方で日雇い労働者の中には夢を持って働く方も少数ながらですが居ることは居ました

弁当が無料で食べれる現場があったり生活が困窮している人や、繋ぎで就活してる方にとっては、日雇い派遣はありがたい働き方なのかもしれません

KANに感動

ちょっとタイトルがダジャレにみたいになりましたが、わざとじゃないです。笑

メンタルがボロボロで自暴自棄になっていた中でも、日雇い派遣の仕事で良かった仕事もあります

それがコンサートの仕事です

日雇い派遣の仕事でも人気の仕事で、募集をすると直ぐに埋まってしまう程人気の仕事です

コンサートはもちろん見れないですが、音は運が良ければ間近で聞くことできます

仕事自体も突っ立てるだけの仕事なので時給は安いですが、音楽も聞くことができ、しかも食事(弁当)も無料で食べる事ができる為非常に人気です

僕の派遣会社は先着順で埋まる為、無職の僕みたいな人か暇な大学生しかこの仕事にあり付けません

 

イケダ
イケダ
僕もこの求人が出されたら積極的に応募してました

 

中でも当時毎年開催されていたAPBANKフェスの仕事は僕の中では強烈に印象に残ってます

毎年淡路島で開催されているこのフェスは大阪からも少し遠方という事もあり、通しで働く人(連勤)は派遣会社が用意したホテルで宿泊し軽い出張のような感じのスタイルで働く事になります

もれなく僕もその仕事で通しで働いてたのですが、運良く1日目のコンサート運営での仕事の配置がステージから最も近い場所での警備スタッフでした

前述した通り警備スタッフと言ってもただ突っ立てるだけの簡単な仕事です

強いて言えば観客が侵入禁止エリアに入りそうになった際に注意したり、カメラ撮影禁止を促したりする程度の仕事です

後は観客の入場と退場の整理するのが主な仕事内容です

入場の仕事が終われば終演まで合間に交代で休憩しつつ退場の観客の整理をする訳ですが、その間はステージを背に有名アーティストの生ライブが楽しめる見る事が出来ないとは言え割と贅沢な仕事です

そんな沢山の有名アーティストが演奏する中で強烈に印象に残ってるのが「KAN

若い人は知らない人も多いかと思いますが、30代以降の人なら「愛は勝つ」でお馴染みのKANです

正直僕も「愛は勝つ」以外知らなかったのですが、ことAPBANKフェスではKANを目当てに来ている方も多くKANが登場した際はかなりの歓声が上がっていました

 

イケダ
イケダ
思わず僕もビックリしてステージを見てしまうほど歓声が上がっていました

 

僕が知らなかっただけでKANというアーティストはユニークな人で、APBANKフェスに登場する際の衣装がいつも奇抜で、その時の衣装が警官に扮するKAN

KANの警察のコスプレでの登場で、会場は真夏の長丁場で観客も疲れが見え始めてた頃だったのですがKANの登場により会場のボルテージは最高潮

登場しただけで一気に観客の心を鷲掴みにする様を見て、会場に居た僕も何故か共鳴していたのを覚えてます

 

イケダ
イケダ
もちろん仕事中なのでステージは見れてません(歓声が上がった時にチラチラ見てましたが…)

 

そして気になる1曲目が「よければ一緒に」という曲で僕はその曲を知らなかったですが、この曲が無職の日雇い派遣で病んでる僕にとって強烈に刺さってしまうとは正直思いも寄らない出来事でした

 

 

この曲がその曲なのですが(僕が警備してた時のフェスです)、メロディーから歌詞、歌声に至るまで僕の心にグサッと来るものがあり、その当時の僕の人生の深い闇にいる中で光が射した瞬間でもありました

 

再び期間工へ

KANの生ライブを肌で感じ、活力を得た僕は日雇い派遣から脱するべく生活の再建をするべく次はホンダの期間工 で働く事になります

正直KANの生ライブを聞いてなかったら闇から立ち直るに相当な期間を要した用に思います

期間工で働く事の是非は置いとくとして、人には何かキッカケは訪れるもなのかもと音楽とフェスを通して感じる事が出来た事は、僕にとっては日雇い派遣を通してではありますが良かったなと今では思います

生きてる意味もその当時は見出せなかったのですが、1曲の出会いから生きる活力を生み出せる音楽の力は絶大だなと自らの体験を持って感じました

 

まとめ

結局この記事で何を伝えたいかと言いますと、人生今どん底でも何かのタイミングで人は立ち直れるという事を伝えたく思って記事にしました

僕の場合は音楽で立ち直る事が出来ましたが、病んでる時や辛いと感じた時は綺麗な景色や好きな音楽、自分が好きと思えるものに積極的に触れていくのが最善の療法だと身に染みて感じたので、今病んでる或いは人生どん底に感じてる方は、是非自分の好きな事に触れてみて欲しいと33歳の僕からのアドバイスです

イケダ
イケダ
まぁ余計なお節介ですが…

今回はこの辺で!

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